グラスの向こう 忍者ブログ QLOOKアクセス解析
グラスの向こうに見えるありふれた日常は、はたして現実なのか虚妄なのか。
こころ酔わすもの、酒・出会い・偶然・虚構


グラスの向こうに待っているものは・・

ありふれた日常、気にもとめていない景色の中を何気なく流れて行く
時間にふと気付く
移ろいゆく虚妄の中で繰り返される恋愛遊戯
男と女が出会うとき
虚構と現実の狭間を蛇行し始める時間流
いったい誰のために 流れているのか・・・
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男にはないものをたくさん持っているのが女性。
そのひとつが美しさ。
花や宝石のようなものかも・・・

俺にとって女性の条件は容姿端麗・眉目秀麗。
もちろん、俺の主観的なものだけど。




だから、カワイイ子も美人も好きだ。
そんな女性と話す機会があれば、必ず食事に誘う。
挨拶のようなものだ。
断られたらそれまで、縁がなかったんだろう。

こっちが友達になりたくても相手がそうでなきゃ決して
友達にはなれない。
逆もまた然りだ。
お互いが友達だってゆうポジションを認識して
初めて本当の友達になれる。
そうじゃない付き合いは形だけのもので本物じゃない。




さて、本当に友達になるには、外見だけじゃダメだ。
そこで、食事に行くということが重要になってくる。



男性にしろ女性にしろ、食事の様子を見ているとその人の
性格のようなものがある程度見えてくる。

その日のファッション・店員への態度・オーダーの仕方・食べ方
話し方・話題 etc.etc.
それらを観察していると、どんな人なのかが解る。

本当に俺の友達としてリスペクトできるか。
本当に俺のことを友達として認めてくれるか。
ある程度判断できる。
ここで、リスペクト出来なければやっぱり縁がなかったものと
諦める。
っていうか、二度と誘わない。


ただの顔見知りを友達と呼ぶ人も多い。
俺の友達観が変わってるのかもしれない。
だから、俺には友達が少ない。
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今、気になる3人の女がいる。
それぞれに魅力的だ。

ただ、彼女たちのプライベートについては何も知らない。
だからこそ、気になるのだが・・・



その容姿もセンスも年齢も性格も、
多分、生い立ちや境遇もそれぞれ全く違うだろう。
共通点といえば、
一緒にいて楽しい。
話してると時間を忘れる。

 

3人とも、お付き合いしたい女だし、できればいいなと思う。
もちろんこのうちの誰かと本当に付き合うかといえば、
誰とも付き合うことはないだろう。

こうして、気にかかっている時期が一番楽しい。
実際に深い関わりを持ってしまえば
喧嘩もあれば別れもある。

わざわざ、そんな煩わしい状態になる必要があるだろうか。

まァ、彼女たちにその気はないだろうから
そんなことは気にする必要もないが・・・


この時期、ネオンの明かりに照らされた
街を歩くのが好きだ。

コートやマフラーが女性をよりおしゃれに見せてくれる。



同じように、人工の明かりが届かないところに
行くのもいい。
野辺山あたりはどうだろう。
高原の方が星が綺麗だ。

11月はしし座流星群が極大を迎える。
18日7時頃と18日夜明けが日本からはお勧めの時間帯。
ただし、月明かりがあるので月を目に入れないように。

そして、
12月はふたご座流星群が極大を迎える。
2014年のふたご座流星群は14日21時頃がピーク。
月明かりも下弦の月で、夜半前が好条件。



一人感傷に浸りながら見るのもいいが、
二人で見るものいいね。

一人の時と二人の時
流星の見え方も、見方もまるで違う。


一人、静寂に包まれ、満天の星と時たま現れる流星を見て
彼女に思いを馳せるのが好きだ。



満席のカウンター
いつもの左端の席から見える
この店の常連や顔見知りが騒いでいる
こんなとき孤独を感じる
ざわめきの中で感じる孤独は
一人で居る時のそれより強烈な印象がある
そんなひと時を過ごすのが好きだ
心地よい孤独感は時間が経つにつれて
疎外感に変わり始める
そんな時偶然隣り合った女性(ひと)と交わした
取り留めも無い話がきっかけで
一夜を共にしたことはないかい
ざわめく店を出てもっと静かな場所で
話をするため二人で席を立ったことが
幾たびかあった

孤独をつまみにバーボンを飲んでると
無性に人恋しくなるときがある
彼女にどんな過去があるのか、
そしてどんな未来が待っているのかは知らない。
彼女も僕のことは知らないだろう。

そんな行きずりの旅人達の出会いとも言えない触れ合いのなかで、
ふとした偶然で親しくなることが稀にある。



僕と彼女の出会いがそうだった。

田舎町の小さな駅の待ち合い室。
列車の遅れが僕達を結び付けてくれた。



同じ列車に乗り同じ駅で降りて
しばらくお互いの時を共有することになった。

待ち合い室の女が待っていたのは列車だけじゃなかったのかもしれない。
どうしたんだろう?
時々胸を締め付けるような気持ちになる。
いつのまにか、あの娘のことを考えていたりする。



どうして、あの娘のことがそんなに好きなんだろう?

既に、虚構と現実の狭間の入口附近に来てしまっている。

あの娘の何を知っているというのだ。
あの娘の何を理解しているというのだ。

ニ三度一緒に食事をしたり、一夜を共にしただけで
何が解ると言うのか。

それなのに、あの娘の全てを理解し
あの娘は自分にとって必要不可欠な存在だと思い込んでる。



間違いなく、虚構と現実の狭間の入口附近に来てしまっている。

今いる現実のなかに踏みとどまりたければ、その娘とさよならした後
ひとりになって、さっきまでその娘と自分とが交わしていた会話を
正確に文字にして書き出してみよう。
その後、三回、それを読み返そう。
必ず、今いる現実のなかに踏みとどまることが出来る。

そして、虚構と現実の狭間に身を置きたければ、
その娘とさよならした後ひとりで、
オークとレンガで装飾されたバーのカウンターで
ギムレットをオーダーすればいい。



やわらかい甘さとするどい強さが渾然と口中に広がる。
そして、その時から虚構と現実の狭間に身をゆだねることになる。

一年か二年もすれば、
時の流れが迎えに来てくれる。
そして、虚構と現実の狭間の向こう側にある現実に
抜け出すことが出来るだろう。
その現実は、どんなものかは解らない。
ただ、虚構と現実の狭間の入口附近で引き返した
元の現実とは違ったものであるはずだ。



人の一生には、近道も無ければ遠回りも無いのかもしれない。

草食系男子とか肉食系女子とかって言葉が当たり前に使われているけど、
近頃の人って、すごく恋愛に臆病な気がする。

なんでもっと恋愛しないんだぁ? 
もちろん、無意味にたくさんする必要はないけれどね。
恋愛は人生を豊かにしてくれると思う。
だから、やっぱりある程度数をこなさないと。



「これまでの人生を振り返って楽しかったことって何かな?」って
思い返すと、やっぱり恋愛のこと。

いろんな女の子に恋をして、付き合って、悩んだり、ふりまわされたり、
すったもんだで別れたりと、当時はすごく落ち込んで自棄酒飲んだりしたけど、
今になってあれはあれで楽しかったなって思える。
どの恋愛もちゃんと楽しい思い出になってるんだよね。



恋をするってことは、
悩んだり、振られたり、その時は本当に辛いことでも、
後々、自分自身をより豊かにしてくれる人生の大切な経験なんだよ。
この年になり、虚構と現実の狭間を行ったり来たりしていると、
ひとつひとつの恋愛の経験が、僕のすべてを創り上げているんだと
思えるんだよ。


例えば、女の子と二人でお酒の席についたなら、
「その気があるかも」ってすんなりわかってくれると思うよ。
その後一晩の情事になったとしても、
その後、真剣な恋愛に発展するかどうかは解らない。。
だけど、すぐにそういう関係になることは、別に悪いことじゃないと思う。
まずはそうなってからその先を考えればいい。
あとになって「この娘は、違うかも」ってわかったら、
さっと身を引けばいいんだから。
女の子だって、似たような考えをもってるんじゃないの。
結婚と恋愛は全く違うものだから、そこは間違えないように。



いくつになっても、配偶者がいたとしても、
異性を好きになるって気持ちは、とても大切な事なんだ。
良く行っていたホテルのバーのカウンター。
僕が座る左端から2番目の席のちょうど反対側、右端から2番目の席に
いつも座ってカンパリソーダを飲んでいる女がいた。



出勤前のホステス風なんだけど、時間は既に8時半。あまり着飾ってもいない。
バーテンに聞くと、近くのクラブのママさんだという。

カンパリソーダが実に良く似会う女だった。

タンブラーに氷を入れ、カンパリを注ぎ冷やしたソーダを満たして
軽くステアするだけのカクテルだ。胃薬のほうがうまいという人も居る。



さほど飾り気の無い割に、その独特の味わいは好きになると
これほど美味しいものも少ないのである。

カンパリソーダが似会う女も、やはり最初はとっつきにくかった。
だが、そのよさが解り始めると、夢中になってしまう。
そんな女だった。
日が暮れて、夜のしじまにネオンがともる頃、現実と虚妄の狭間に
迷い込んでいく事がある。

その日友人に連れられて行った店のママは、
まさに、その狭間に住むひとだった。

たぶん、そのひとを一目見た瞬間に僕は現実と虚妄の狭間に迷い込んだらしい。
遅くまで飲んで、店を出るときには、翌日ひとりで店に行く事を
約束させられていた。

翌日、僕は現実と虚妄の狭間に迷い込んだことをはっきり自覚できた。
これを自覚できないなら、夜の街を彷徨うべきではない。
現実に引き戻された時、必ず後悔する羽目になるだろうから。
現実と虚妄の狭間に迷い込んだことを自覚し自分のいる場所がわかっていたら
いつでも、自分の意志で元の場所に戻る事が出来る。



幸いにも、僕ははっきり自覚できた。
ただ、元の場所に戻る必要がなかったこともありしばらくは
居心地のいい現実と虚妄の狭間に居座る事にした。
そして、足掛け2年間、そこを彷徨い歩いた。

もちろん、いくら居心地がいいとは言え24時間そこに居たわけではない。
陽がある間は、現実世界で生活することに決めていた。

そこを彷徨い歩いている人たちのほとんどは、僕と同じようにしていた。
僕が会ったとき、既に10年以上彷徨っていると言う人が多かった。
そして、同類意識からか、新参者の僕にみんな親切だった。

彼らもまた、その狭間に住む女性達といつも一緒だった。

僕を含め彼らの大きな楽しみは、その狭間に住む女性達を喜ばせる事だった。
いや、喜んでいる彼女達の姿を見るのが楽しかったのかもしれない。

僕達は、その狭間で恋愛に似たゲームを楽しんでいた。
そこには、一定のルールがあり、それを無視したり本物の恋愛と勘違いした
時点でゲームは終わる。



その狭間を流れる時間は時に僕達にいたずらをしかけ、ゲームなのか
本当の恋愛なのか解らなくさせる。

僕のゲームは約2年で終わってしまった。
いつかまた、居心地のいい現実と虚妄の狭間に迷い込みたいものだ。


サンディエゴのラ・ホーヤに近い海岸線に位置する小さな店で
テキーラ・サンライズばかり飲んでいた。



海の見えるその店で、サボテンが点在するだけの荒れ果てた平原を
赤く照らして昇ってくる太陽をイメージした名前をもつ
カクテルを飲むギャップをひとり楽しんでいた。

テキーラの故郷メキシコのすぐ近くって言うことも面白かった。



氷を入れたグラスにテキーラとオレンジジュースを注ぎ軽くステア。
グレナデン・シロップを静かに沈めるだけのカクテルだけど、

グレナデン・シロップを沈めた瞬間、朝焼けを想わせる
美しい色があらわれる。

カリフォルニアの夏の夜に似会う一杯だ。
いつのまにか二人だけになっていた。
お互いに、相手が自分の事を意識しているように感じてた。



社内行事の打ち上げだったろうか、みんなで飲みに出て何件か飲み歩いた。
何件目かで、ふと気付くと二人だけになっていた。
別に示し合わせたわけではないのに。

翌日が休みだということを良い事に、明け方まで二人で飲んで、
そのまま、ホテルに泊まった。
昼まで眠った後、昼食をとりがてらそれぞれアパートに着替えに行き、
その日の夜も、同じホテルで過ごした。



翌朝、彼女が出た10分後にチェックアウト。
会社に行くと、いつものように「おはようございます。」と
彼女が挨拶をくれる。

僕達の社内恋愛の始まりである。



社内恋愛は、二人だけの秘密の共有意識があり、何かの共犯者にでも
なったような気分で、普通の恋愛とは違った面白さがある。
秘密を周りに知られない為にお互いの部屋には行き来せず、
二人で密会用のマンションをひとつ借りて逢う事にした。

「社内恋愛の経験はありますか?」というアンケートでも

約半数が経験している。
やっぱりみんな、周りが知らない関係にドキドキする。
仕事とプライベートのギャップが楽しい。などと思っているようだ。

しかし、いつかはバレる。必ずバレる。
男女の中にすこぶる敏感な女子社員というものはどこの会社にもいるものだ。
大抵、そういう女子社員に感づかれてしまう。

僕達の場合もそうだった。
上手く芝居をしているつもりでも、なぜか解ってしまうらしい。

結婚するつもりなら、バレるまえに公表した方がいい。
たとえ、バレないにしても、
最初は、付き合ってることを気付かれないよう一生懸命になるが、
そのうち、スリルのある社内恋愛ゲームのために、
付き合っているんじゃないかと思えるようになったりする。

そうなる前に、結婚するか別れるかの決断をしたほうがいい。



人は恋をすると、虚構と現実の狭間をさまよい始める。
そして、その中で繰り返される恋愛遊戯はいつか必ず、
気にもとめていない景色の中を何気なく流れて行く時間とともに
終幕をむかえる。
重厚な厚みのある木のドアを開けると、心地よい音楽が僕を迎えてくれます。
なじみのその店は、日常を少し斜めから見ることのできる稀有の場所でした。



彼女と出会い、意気投合したのもこの場所でした。

カウンターのいつもの場所に座ると、いつものようにカットトマトと、レモン、
ABSOLUTのPEPPAR 、グラスと氷が出てきます。
氷を入れたグラスにウォッカを注ぎ、トマトにレモンを絞って口に放り込み
2.3回咀嚼してからグラスのウォッカを流し込みます。
おいしいブラッディ・メアリーです。
ただ、ウォッカに唐辛子が入っててすごく辛いブラッディ・メアリーですが
結構気に入っています。



せっかく、日常を少し外れたところにいるわけですから、
コレくらいの飲み方が普通なのでしょう。

一つ離れた席にいた彼女はその飲み方が気になったのでしょう、
声をかけてきました。
簡単な説明をして、一杯ご馳走してから、
彼女が僕の隣りに移動してグラスを傾けるまでそれほどの時間を要しませんでした。

それから、その店は僕達のデートの待ち合わせ場所となってしまいました。
それ以来その店では、日常を少し斜めから見ることが出来なくなってしまったのです。
そしてそれは、彼女も同様だったようです。

僕達は毎夜のように、日常と非日常の間でデートを重ねました。
と言うより、デートの最中は常に非日常でした。
お互いのニックネーム以外の名前や住んでいる所など何も知らないのです。
そのことが、逆に一緒にいる時間をより濃いものにしたのでしょう。

一年ほどが過ぎた時、彼女は日常に戻っていきました。
もちろん、その理由も行き先も聞いていません。
彼女に貰ったプレゼントだけが、彼女の存在を示しているようです。

今、思い出しても、グラスのむこうは霧のかかったように霞んでいます。



僕はまた、日常を少し斜めから見ることのできる場所を探して歩いています。
小さな誤解とふとした行き違いが三つ重なった時、疑心暗鬼に陥ることがある。
信頼と言う言葉が頭をもたげ、思い込みという行為のために
後々、大きな後悔にさいなまれた事はないですか。



疑心暗鬼に陥った時、ゆっくりとそして真正面から問題に取り組んでいれば
簡単に回避できた事ではなかったでしょうか。
残念ながら、交わりが深くなればなるほど、信頼と言う言葉が頭をもたげ、
思い込みという行為に走ってしまうようです。

小さな誤解とふとした行き違いが三つ重なった時、他愛のない言葉が
悪意に満ちた悪魔のつぶやきに聞こえたりするものです。


何年もたって、昔の恋人と再会したことがあります。
とある街での偶然の出会いです。

お互い、すでに結婚してそれぞれの家庭を築いていました。



僕は、あの時のあの言葉は絶対忘れることが出来ないし許せない。
フラれてからずっと何故なんだって考え、続けいまだに答えが見つからない。
と聞いてみました。

私はそんなこと言った覚えはないし、貴方が私を振ったんじゃない。
私はずっと好きだった。
と答えたのです。
だからと言って流れていった時間を一瞬にして戻るには、
流れていった時間は、虚構と現実の狭間を流れすぎているのです。

二人で飲んだワインのグラスの向こうには、思い出だけが浮かんでいました。

いつもの店のいつものカウンター。
いつもの酒をいつもの女と飲んでいる。

この風景に飽きる事はない。
ひとつの儀式のようなものなんだから。



この儀式と共に僕は虚構の中をさまよい歩くことになる。
誰もが親しげに近づいてくる話し掛けてくる。
女も男も。

彼女達が僕に求めているものも彼らの目的も僕は知らない。
いや僕自身がこうしていることの目的自体僕にはわからない。

ただこのカウンターに座っていると心地いい。
現実に背を向けるでなくかといって直視するでもない。
その曖昧さの中でいつもの女が微笑んでいる。

僕の酒はこうして始まる。
婚活とは“結婚活動”の略で・・と説明するまでもなく、
テレビや雑誌では特集が組まれ、「婚活」をテーマにした
本やドラマが目白押しである。

こうした言葉ができたことで堂々と「婚活中です」と公言できる
雰囲気になってきている感がある。



いまでは婚活パーティーや婚活バーなど、さまざまな婚活支援サービスが
増えている。
選択肢が広がり、どのサービスを利用しよう?と迷う人も多いかも知れない。

婚活の定義は幅広い。
合コンや出会い系のサイトに参加することも「婚活」に含まれる。
しかし、それらの出会いから理想の結婚相手を見つけるのは、
なかなか難しい。

「婚活」する人にとっては、結婚したい人同士が積極的に出会える場所が
大切なんだ。
よりよい結婚を目指した「婚活」のあり方が、いま注目されている。

しかし、本気で結婚したいと考えている婚活目的の人が合コンに参加し
出会いが増えたとしても、結果に結びつかない、という話をよく聞きく。

当たり前のような気がする。
なぜなら、そうした場には、数合わせで参加したり、「彼氏・彼女」「恋人」
「遊び友達」など結婚には遠い感覚の人や比較的軽い付き合いを求めて
参加する人が多いのだから。



ところで、結婚を目的にそんな積極的な婚活を展開し目的を果たすことに
どんな楽しさや喜びがあるんだろう。
そもそも結婚ってことが目的になること自体不思議に思える。

少し前まで、婚活って言葉や概念はなかった。
結婚っていう目的が先にあってそのための相手を探すというのが理解できない。
相手がいて、人生を共にしたいと思った時
その手段として結婚があるんじゃないのか。



偶然の出会いを運命的な出会いと勘違いしたり、
虚構と現実の狭間に溺れたり、虚妄の世界から覚醒したりしながら
別れを意識したり、結婚を意識する。
そんな恋愛を婚活を展開している人たちに経験してもらいたい。
暑い日が続く。もう少し我慢するしかないだろう。

そんな暑い夏は、やっぱりテキーラ!
テキーラはちょっと、なじみがないし強いからって人には、
フローズン・マルガリータをおすすめする。



テキーラと相性のいいライム・ジュースを使い、
オレンジのリキュール"キュラソー"でフレーバーをつけたカクテルだけど、
シャーベット状になっているから、
ストレートな「マルガリータ」ではちょっと強いという人も楽しめる。

フローズンでもスノー・スタイルになっているから、
ときどき塩をなめながら飲むと、テキーラの味わいが引き立つ。
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